私の聴き方による感想です。アルバム制作の背景などの解説や、他者との比較とかはないので、なんの参考にもなりません。あしからず。
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「Colors」がこんなに気に入るとは思わなかった。いわゆるポップスという音楽は好みではなかったし、ましてはその上位に君臨している Greg Kurstin がらみのアルバムなんて、私とはほとんど関係ない世界にある音楽だと思っていた。実際 “Dreams” は(実は)それほど好きではなかったし、“Up All Night” をサントラで初めて聴いた時(2016年9月・この後ブラッシュアップさせてる)も「こ、これを Beck がやるのか…?」と愕然とした。“Wow” は Beck 新味って感じでそれなりに楽しんだけど、“No Distraction” をリークで聴いたときはそのダサさに軽い鬱になったくらいだ。そんなわけでこの「ポップBeck」のターン中は、ひとり暗い塹壕に閉じこもって嵐が過ぎ去るのをじっと待つ覚悟でいたのだ。だが正式なシングルである “Dear Life” を初めて聴いた時、ちょっと待て、私はまた要らぬ心配をしていたのでは?と気づいた。すごくよかったし感動したのだ。Beck は自由になったんだと思った。そしてようやく Beck がこのアルバムでしたかったことがなんとなく分かった気がした。Beck ごめん、私はあなたが Beck だということを少し忘れていた。予想を裏切り、期待を裏切らない男、Beck Hansen。「Colors」、なにコレ、最高じゃないか!
“Dreams” から2年もたってからのアルバムリリースになっちゃったけど、そのおかげでポップな Beck を受け入れる覚悟は出来ていたので、それはそれでよかったのかもしれない。もし何の前情報もなしにこのアルバムを聴いていたら、混乱と動揺で2〜3日は眠れなかっただろう。それでも初めて「Colors」を通して聴いたときは、驚きとそれにともなう半笑いで口が開きっぱなしだった。音が何もかも新鮮だった(音楽界にとっての新鮮な音ではなく、Beck が今まで出したことがないという意味での新鮮さね)。軽快なメロディーや、縦ノリなギターサウンド、ベタなフレーズなど、今まで Beck が避けていた展開や音が盛りだくさん! スタイルをコロコロ変えてきた Beck ではあるけれど、ここまで自分の持ち味を放り投げたのは初めてだよね。その持ち味が大好きな私としては裏切られた感も無きにしも非ずだけど、その執着のなさと勇気には脱帽したし、何よりここまで振り切った潔さに感動すらした。しかもきっちりと上モノに仕上げてくるんだからすごい。最初こそ Beck っぽくないと思ったが、今や完全に Beck のサウンドにしか聴こえない不思議!
作りがものすごく丁寧だと思った。「Morning Phase」もそれはそれは丁寧に作られていたけど、「Colors」はそのノリとは裏腹に、すごく慎重に真剣に作った真面目なアルバムだと思う。本人も「全力で作った」と言っていたけど本当に渾身の1枚だと思った。聴きやすいけど、あざとくなりすぎず、取っ付きやすいけど、安っぽくなりすぎず、すべてが狙い通りに綿密に考えられている感じがする。毎朝起きると日替わりで曲が脳内再生されるほど、ほどよく中毒性のあるメロディーが各曲に備わっているし(そりゃライブ映えするわ)、あざといまでの型通りの展開は、むしろ「そうこなくっちゃ!」と素直に楽しむことができる(それがポップスか!)。それに Beck らしい洗練された音の重なりによる奥行き感、気持ちのよいスイッチ、挿し色的な1回使い切りの音などが加わり、単なるオーソドックスではないデザインされた何かにみせている。Beck はライターというよりはデザイナーよりなミュージシャンだなーと改めて思った。要素を客観的/俯瞰的に見て足し算引き算してる感じ。超細かくてしつこいしね。
聴いてて元気になるアルバムだが、浮かれポンチなアホ・ポップでは決してなく、あくまでエレガントで尻が座っているのも私が受け入れられた要因かもしれない。うすっぺらな多幸感は決してない。無駄な音も、冗長もない。洗練されたナードが真心込めて作ったポップサウンドなのだ。
歌詞がまたびっくらこいた。インタビューで「Greg に暗くなりすぎないようにテコ入れしてもらった」的なこと言っていたけど、Beck ひとりだったら絶対に出てこないであろう直接的なフレーズがちらほらあって面白い。I want you なんか4回も繰り返しちゃってマジかよ! 今までは孤独で独白的だった内容も、今回は相手がいて何か伝えたいような、’生きてる’ 感がある(ような気がする)。でも基本的には Beck は Beck で、達観されたやり切れなさみたいなものも健在してはいるが(安心要素)。
そして ‘Free’ という言葉がキーになっているのも私にとって感慨深い。’自由’ は、中年になった近年の自分にとっても意味深いキーワードなのだ。環境からの自由と自分からの自由。いかに自由になるかは自分の考え方ひとつだったりするのだけれど、時にそれは難しく、ジレンマに悩まされることもしばし。なので同じ中年であり我らの大将である Beck が I’m so free と高らかに歌ってくれたりすると単純に嬉しいし、なんか「うん、そうだよね」と思うのだ。自由、大事だよね!
たぶん今までだってやろうと思えばできたと思うけど、これは Beck がやっちゃいけない類のアルバムだった。無論「これを Beck がする必要あるのか」という批判もある。好みも分かれるだろう。旬な音ではないかもしれないし、世界が Beck に期待してるのはコレではなかったかもしれない。でも Beck は自由になったのだ。誰かが勝手に決めた「Beck がすべき音楽」なんて今の Beck には関係ない。Me からも You からも自由になって、ただピュアな気持ちで、自分がやってみたかったサウンドにトライしたのだ。
フェスティバルで体感したオーディエンスの熱気を再現したかったと言っていた Beck。人生色々あるし、小難しい問題も多々あるけど、そういう「音楽たのしーイエーイ!」みたいなシンプルな人間になる時間は大切だよねというメッセージにも聴こえる。そう、これはあれこれ考えなきゃいけないアルバムじゃない。めんどくさい問題やめんどくさい自分はとりあえず置いといて、今夜はもう踊っちゃいなよっていうアルバムなんだ。心を解放して、自由になってさ。
(そしてまた1曲ずつ感想を書きなぐります)
Colors
超かっこいい。「さあ、ポップかましたるでー!」って感じの勢いがいいね。尺八みたいな音がいい。虚無僧が小躍りしながら尺八ふいてる様が目に浮かんでしまう。サビが複雑すぎて口ずさめないのでいつも困る。
Seventh Heaven
キラキラです。こんなあからさまな胸キュンソングを Beck がやるなんて…! いつ聴いても、どんな音量で聴いてもこのキラキラが始まるとわくわくする。歌い方が新鮮だよね。しゃがれた声でテンポよく歌う Beck。こんな風にも歌えるんだ!と思った。そしてこの疾走感…、なんか泣ける! Love Love Love Love〜
I’m So Free
ぶちあがりソングその1。シンガロングしてくれと言わんばかりの I’m so free now! あざといギターにまんまと踊らされる。Feist のコーラスが良い。Feist のうしろで「I, don’t, want, to go」って切なげな声で歌ってる Beck がおもろい。
Dear Life
すごいいい曲。“I’m So Free” のドラ(シンバルだけど)の後にこのピアノが流れてくるとすごい安心する。このきれいで爽やかなピアノのあとに「You sang your swan song to the dogs」って意味わかんなすぎてうける。ピアノも印象的だけど、途中で入るシンプルなギターも品があって素敵。余談だけど、これ聴くといつも初めてこの曲を聴いた時の感動を思い出す。深夜、公開されるのを今か今かと待ちわびたよね。アルバムのアナウンスも同時だったし、めったに味わえないあの高揚感を思い出させてくれる。
No Distraction
ぶちあがりソングその2。初めて聴いた時超ださい!と思ったけど、今やかなり好き。かなり好きな自分が謎。サビまでじわじわあげてく感じは超あざといけど、それがすごい楽しくてにやける。後半の裏声なサビが良い。
Dreams (Colors Mix)
相乗効果でシングルの時よりはだいぶ好きになった。アルバムに馴染むようちょっとアクを取ってやや面取りした感じだね。この細かい処理が Beck っぽい。私的には「fucking with my dreams」の方がしっくりくるけどな。
Wow
このアルバムの中で最も従来の Beck 味がする曲。この曲はひとりで作ったと言ってたけど、音の構成の妙はやっぱ他とは違うよね。低音の扱い方も他とは違って攻め気味。展開といい良く出来た曲です。Beck の地を這うような低い声を堪能するための曲でもある。
Up All Night
サントラで聴いた時より全然好き。同じ曲なのにこうも違うかね。“Dreams”、“Wow”の次にこの曲がくるのもいい。よっ、待ってました!的な。「all the kids going home〜」らへんの歌い方が気持ち悪くて好き。後半の展開がいいね。言ってみれば普通のポップソングだけれど、無条件で気楽に楽しめる。それって大事。
Square One
最初は一番印象薄かったけど、気がついたらよく頭に流れている。“Up All Night” と “Fix Me” を繋げるには最高の選曲では。高音と中音をいったりきたりするボーカルの滑るような疾走感が気持ちいいし泣ける。ボーカルと一緒に走り抜けるすっきりとしたドラムも気持ちいい。とても良い曲。
Fix Me
唯一の情景的な曲。宴が終わり、日常へと帰る道で聴きたい。日が落ちきった直後の湾岸線がいい。刹那的で美しい歌詞、優しいしゃがれた声。きっと Greg と「こういうアルバムの最後はこういう曲で締めくくるべきだよね」とニヤニヤしながら作った気がする。まんまとしてやられたね。街が海に洗い流されるのは don’t mind じゃないだろといつも思っちゃうけどね。最後に「I’m set free…」と優しく歌う Beck。私もその境地に行きたい。
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40分と短いアルバムなので、“Dreams” と “Wow” の代わりにもう数曲欲しいところだったけど、結果的にとっても満足度の高いアルバムだった。こんなに綿密なものを作ってしまうと、完成までのハードルがどんどん高くなってしまって、もうラフで気楽な曲は出せないのではないかと思ってしまう。まだまだ「Colors」を楽しみ尽くすつもりだけど、次のアルバムはどんなものになるのか、さっぱり分からないだけにますます興味深い。深いよ Beck。
オルタナの殻を意識的に破ったようなアルバムでしたね。ポップを追求したような、研究したような。
脱オルタナしたベックの今後が楽しみ。
楽しく読ませてもらいました。
> 匿名さん
ですね。そういう意味でもとても前向きなアルバムな気がします。次は何にトライするのか、想像できないだけに楽しみです。ありがとうございます!
hamさんはじめまして!
以前からチョコチョコ拝見させていただいており、
多くの事を勉強させていただいてました。
ありがとうございます!
カラーズ最高です!
私のブログでも先日記事にしてまして
駄ブログですが御覧頂ければ嬉しいです。
該当する記事
http://bit.ly/2iapSIZ
ところで、いろんな音楽誌で「今年のベスト50枚」とかの
企画がありますが、全部確認したわけでないけど、
カラーズは選ばれてるけど、どれも順位が低いので
「なぜ!?」なんて驚いております(涙)
>海さん
はじめまして。ありがとうございます!
Beckがあーいったランキングに入るのは難しいですね。Beckやファンにとっては実験的なアルバムでしたが、決して旬なサウンドではないですし…。やっぱり飄々としてるし、まとまった票は取りづらいでしょうね。「Morning Phase」は分かりやすかったんでそれなりな順位でしたが。コアなファンの受けは良い方だと思います(もちろん賛否ありますが)。
こんにちは、hamさん!
私も今回の「Colors」、ある意味意外なくらいハマっています。
ま、Beckファンなら皆さんお解りと思いますが、今までもアルバム毎に様々なスタイルを取り入れつつも、最後にはキッチリ「Beck」という新鮮味を感じる着地点はぶれていない。
それって本当に希有なアーティストだと思うんです。
キャリアを重ねてくるとだいたいマンネリしてくるもんですがBeckは違いますよね。
そんな所に私はBeckの凄さ、ウデを感じます。
キュンキュンしながら、読ませて頂きました。98年のフジロックで感動して以来ずっと大好きですが、常に「今が最高」なBECKに励まされ、慰められてきました。なかなかいないです。ありがとうございました。
> ihiroさん
こんにちわ! Beckは本当にこれでもかってくらいスタイルを変えてきますね。そういうバイタリティをずっと持ち続けているのはすごいことだなといつも思います。しかも真髄にぶれがない。ほんと、稀有なお方です。けうけう。
> fujiさん
ありがとうございます! 私も今のBeckが最高だと思います。曲はもちろん、まったく枯れない彼の存在自体にも励まされますよね。最高です。
Colors聴いて2days参戦したベック歴一月ちょっとの私が言うのも何ですが….。
それまでのスタイルを変えて、売れ線に走った?そのせいで(私みたいな)にわかファンが増えた?こんなの彼のスタイルじゃない!なんて往年のファンが困惑する気持ち、私も覚えがあるからわかります。
私みたいなのが、Colors聴いてファンになりました!ベック最高!とか言うの聞くと、彼のこと解ってない、彼の良さはそれ(だけ)じゃない、とか私なら言っちゃうかも。言った経験あるし。
人の好みはそれぞれだし、私も長年好きなミュージシャンは多々いるけど、気に入らないアルバムは聴かないし、だからってファンやめるとか嫌いになるわけじゃないし。
その点、hamさんは自分なりに咀嚼して全てを受け入れてるから、スゴいなって思います。
パンク、へヴィメタルからオルタナ、ポップス、R&B、環境音楽まで雑食で聴いてきた私にとっては、Colorsはとても聴きやすかったです。ベックがNo distraction が最初Police っぽかったって言ってたけど、なるほど聴きやすかったのは聴き馴染んだ80s風だったからか。hamさんがダサいって思ったのは、恐らく世代差かな?
そう思って、ベックのアルバムそれぞれ聞くと、アレ風だなって勝手にジャンル分けしてしまって好みも分かれますね。新鮮味も薄れますけど。
ベックが、マイケルもプリンスもボウイもいなくなった次世代のポップアイコン(になろうとしてる?)とか何とか言われてましたが、それは賛同しかねるし、そういう意味でこのアルバムを作ったんだとしたら、ちょっと残念な気がします。
…なんて色々考えるより、耳と身体の反応が全てですよね!
私は新木場コーストの感動を忘れないし、これからも楽しみにしてます!
はじめまして。
私も最初Colorsは??と思ったけれど、不思議とはまりました。
私は好きなアルバムからしばらく離れられず、しつこく聞き続けるタイプなのですが、同じように話が出来る友達がいないです。なので、Hamさんの全曲の感想は楽しかった。Fix Meとか。1曲ごとに「あー、そうだよね」と、同志に会えたような気持ちで読みました(図々しい)。
No distructionが一番好き。体に染み込んでます(笑)
「I’m loosing I’m loosing my mindオゥ、オゥ、オゥ、」ていうところで一緒に歌ってます。
武道館に行ったのですがあまりよく見えず、少しがっかりして帰ってきたのですが、その後からこのブログを読み始めたらまた盛り上がってきて、11月はBeckの余韻にひたることができました。テレビ収録のリポートも、普通知ることができないようなこと(マイクを通さない Beckの声 とか)が書かれていてうれしかったです。ありがとうございました。
> るかままさん
良くも悪くも勘違いされがちなアルバムかもしれませんね。ま、勘違いだろうが聴いて感じたことがすべてですが。
> とととさん
はじめまして! 嬉しいコメント、ありがとうございます! 全曲の感想はまさに友達に話してるように書きました。なのでそう感じてくださるのはとても嬉しいです。No distraction、味わい深いですよね! そのパートからラストまでが特に好きです。
武道館はバンドを映すスクリーンがなかったし、後ろは少しかわいそうでしたね。。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです! 私も自分のブログ読んで余韻にひたってます笑
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