私の聴き方による感想です。アルバム制作の背景などの解説や、他者との比較とかはないので、なんの参考にもなりません。あしからず。
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“Saw Lightning” がリリースされた時、ひょっとして「Hyperspace」は、デジタルなサウンドにトラディショナルな音をぶっこんだちょっとヘンテコでハイエネルギーな、そう、“Defriended” 3部作の続編のようなアルバムになるのでは!? と大いに期待した私。「Colors」も「Morning Phase」も(言ってみれば「Modern Guilt」も)そういう路線ではなかったので、そういう路線好きな私としては、待ちに待ったアルバムになるはずだった。ところがどっこい、満を持してリリースされたニューアルバムは、どちらかといえばダウナーで「Colors」の延長線上にあるポップ路線のアルバムでございました。まぁ、単なる私の見当違いだったんだけど、そこから立ち直るのに少し時間がかかってしまった。(ジャケットのカタカナも昭和な広告も理解不能だしさ)
もちろん「Hyperspace」は良いアルバムだと思う。シンセの美しい響きと Beck の味のある声が合わさった、哀愁漂う夜のアルバム。ファレルが『Highway music』と言っていたとおり、夜のドライブで聴きたいアルバムだ(午前2時の首都高とかきっと最高)。こういうムーディーなアルバムは初めてだよね。「Morning Phase」的な清々しい哀愁と、「Colors」的な胸キュンキュンに、夜の清い闇を加えたようなセンチメンタリズム。浮遊感はあれどボーカルが感情的なので、ドリーミーでありながら「Morning Phase」ほど達観しきれていない生々しい傷心に溢れている。
音の扱い方もちがう。Beck が『ミニマリストのファレルに対し、僕はマキシマリストぎみだから、もっとシンプルになるようがんばった』と言っていたとおり、従来のように音を盛りまくって奥行きをだすのではなく、音数を抑え、シンセサイザー特有のノスタルジックな音色と響きで世界観を作っている。エレクトロニカではあるが、しっかりした低音と Beck の渋い声が入ることで、今時の音楽とは一線を画した、独特な雰囲気に仕上がっている。
「歌モノ」と言って良いかもしれない。Beck は「Morning Phase」からボーカルにより感情を含ませ、際立たせるようになったけど、小手調べだった「Colors」を経て、よりエモーショナルでボーカル芸のある歌い方にトライしてみたって感じ。ファレルからの『あんたはシンガーソングライター・アルバムを作るべきだ』という提案に準じた方向性だと思うけど、その声に素直に泣ける曲、楽しくなる曲もあるが、ちょっとやりすぎじゃね?という曲もある。それがちょっと気になるんだなー。Beck の場合、エモな歌い方をするより、素朴に歌った方が聴く人の心に届くと思うんだー私は。もちろん曲のテイストによって歌い分けしているわけだし、納得してはいるんだけど、まあ、好みの問題だな。道は外れてもやっぱり Beck はフォークシンガーなんだよね私の中で。
…と、あれやこれや考えながらも、私はまだこのアルバムの魅力をいまいち消化できてなかったりする。何度聴いても実態が掴めないというか、没頭できないというか…。好きな曲はあるし、好きなポイントも数多いし、シャッフルで流れてくると「超いい曲じゃん?」と思うけど、うーん、もうちょっとハマりたかったなぁ…(1カ月後には違うこと言ってるかもだけど)。まあ14枚もあればそういうアルバムがあってもおかしくはないけどさっ。後半が落ち着いてて好きです。
歌詞は相変わらず(ほんとに相変わらず)孤独と癒されない悲しみに満ちている。ハイパースペースボタンを押すに押せない、どうしようもない痛みを抱えた『君と僕』の物語。Beck 曰く『どこかへ逃げたい人の心理状態』がテーマとのこと。「Colors」では自由になりたくて、「Hyperspase」では逃げたくて、救われたくて、でもどこかですでに諦めてる。…暗い! 暗いよ Beck! でも美しいんだなぁ。最後の曲 “Everlasting Nothing” で歌の中の人は、果てしなく続く無の中で打ちのめされながら、それでも走り続ける。ボルケーノの淵から帰還しても、自由になっても、ハイパースペースで逃げても、その先にはやっぱり無が続いているんだろうな Beck は。
『シンセ+ファレル』という旬とは言えないサウンドをなぜ今出すのか?という疑問はあるだろう。でも考えてみれば Beck はいつだってタイムレスなのだ。Beck は基本的にすでに有るモノを独自の魔術で作り変えて自分の作品にする人だし、作った曲を何年も寝かせたりもするので、リリースされたものが旬とずれていたりもする。でもそんなことは Beck には関係ないんだと思う。Beck は新幹線の発車のベルがなろうが、ドアが閉まり始めようが、歩みを速めたりはしないのだ(これはマジだ)。乗り遅れて困るとか、ドアに挟まって痛い目にあうとか、そんなことは念頭にないし恐れもしない。彼は人とは違ったタイム感の中で生きている。私は2004年に Beck を好きになったのだが、10年前の「Mellow Gold」も2年前の「Sea Change」も、時の金字塔「Odelay」も、どれも同じくらい新鮮に感じた。もし「Hyperspace」がその時代にあったら、たぶん他と同様に新鮮に感じただろう。『時代性』とか『ファレルの賞味期限』とかいう音楽そのもの以外の呪いから解き放たれた時、純粋なただの音楽として人の心に届くのだと思う。すでに心に届いている人には、別の角度から届くのだ。
(そしてまた1曲ずつ書きなぐります)
Hyperlife
「Hyperspase」の世界にジャンプする導入曲。Beck 宇宙域へようこそ。with you〜 with youゥ〜(ォ〜)
Uneventful Days
セカンドシングル。“Hyperlife” が終わって無音後の最初の音が気持ち良い。初めて聴いた時は期待と違っていたので戸惑ったけど、ミュージック・ビデオを見てちょっと好きになった。Jimmy Kimmel Live でのパフォーマンスもよかった。しっかりした低音のリズムにのっかる浮遊感のある音が穏やかにうら淋しい。『名前は覚えてもらえても、僕の心は伝わらない』って(涙)。フェードアウトで終わるのが曲の感じにぴったり。よい曲。ヨッヨッヨッ
Saw Lightning
とても好きな曲。超かっちょいい。初めて聴いた時から好きでした。こういう曲は Beck にしかできないよね。ベースラインの低音がしびれる。後ろでさわいでるファレルもいい。こういう細かな飛び道具的な音の構成をさせたら世界一だよね。でもこのアルバムでは異質な気がする(この曲を飛ばして聴くとしっくりくる)。『主よ、僕を連れて光へと導いてください』って(涙)
Die Waiting
Cole M.G.N. が共同プロデュース。Beck が低い声で優しく歌うとなんでも良い曲に聴こえる良い例。逆回転の音とアコギが入ればもう完璧。“Seventh Heaven” と同質なキラキラ感。Beck がこの曲やる必要ある?と思ったら負けで、素直に一緒に歌っちゃったもん勝ちです(Yea〜エエ Oh〜オオ)。Sky Ferreira が参加しているらしいが、Sky Ferreira の無駄遣いだな!
Chemical
冒頭のシンセが印象的。ワワワ ワワワが気になるな。その他にもキャッチーな部分がいっぱい。展開もころころ変わって掴みどころがないうえに、ボーカルがエモーショナルなので入り込めないまま終わる。ファレルの曲なのでしょう、キーボードとドラムはファレルが弾いており、後半のボーカルと沿うように入る印象的なギターはファレル御用達のギタリスト Brent Paschke が弾いています。ヘッドホンで聴くと後半のステレオ感がカオスで、頭がいかれるぜ。好きかどうかは置いといて、“Wave” ばりに印象的な曲ですね。Beck は好きな曲と言っています。
See Through
Greg Kurstin が共同プロデュースした曲。数時間で完成したとのこと。ポコポコしてる。超ポコポコ。こもったようなシンセの音が雰囲気ムンムン。『君に見透かされると僕はひどく醜い気がしてしまう』って(涙)。この歌い方は戸惑うな。最後らへんのンイェイエエ〜エのところで笑ってしまうのは私だけ?
Hyperspace
「Hyperspace」で移動中みたいなスピード感のある曲。「Morning Phase」でいうと、“Cycle” にあたる曲かしら(“Hyperlife” は “Phase”)。Beck のかっちょいい前のめりのラップの後に Terrell Hines(という人)のラップが入る。ファレルじゃだめだった?
Stratosphere
奥行きと広がりのある無重力感たっぷりの美しい曲。ヘロインで逝った友達を思って書いたという。Beck が一人だけでプロデュースした唯一の曲。途中で鳴り響く透明感のあるシンセが印象的。メロディアスなギターは Jason かな? Chris Martin が参加しているらしいが、Chris Martin の無駄遣いだな!
Dark Places
超好きな曲。優しく儚く美しい。冒頭のシンセからして泣ける。“Stratosphere” が終わってこのシンセが始まると、一気に夜の雰囲気になる。キレのあるドラムも素敵(ファレルが叩いてるらしい)。メロディーを繰り返さずにずっと違う展開で曲が進むんだよね。それが刹那的で素敵。ディレイの音が気持ちいい。午前2時。Come and see me からの徐々に高まっていくような展開が泣ける。そこから入る地を這うような低音もしびれる。『あまりに孤独で、あまりに邪な、僕に開放感を感じさせてくれないか』って(涙)。
Star
シンプルでかっちょいい曲。Paul Epworth が共同プロデュースした曲。歌い方が Midnite Vultures 期を思い起こさせる。ハスキーな声をユニゾンで重ねるのかっこいいね。シンセじゃなくて、もっとロックっぽく仕上げたバージョンも聴いてみたい。『じわじわ僕を圧倒する彼女。くねくね廊下を歩いて 滝におちてゆく』とのこと。
Everlasting Nothing
笛みたいな音とアコギで始まり、Beck の伸びやかなしゃがれた声がのって、『さあエンディングを飾る壮大な曲が始まりました〜』と思ったところで、電子なドラムとシンセが入ってくるのが意外。普通にドラムとピアノだったら「Morning Phase」に入ってもおかしくないね。ゴスペルと共演してみたかったんだろうな。Beck とドラムマシンとゴスペルが融合した…、、融合してるかな? 良い曲だと思うけど不思議な感触の曲。『そこにあるのは果てしなく続く無』って(涙)
※プロデューサーについて書いてない曲はすべてファレル& Beck の共同プロデュース
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まだ自分がやったことがないテイストをひとつずつ埋めていく自分隙間産業な Beck さん。『今度はその隙間を埋めてきたか…!』といつも意表をつかれます。次はどんなアルバムになるのでしょう。インタビューでは自信がないような気弱なことをよく口にする Beck ですが、いつまでもお元気で、何かに囚われることなく、自分のやりたいことにトライし続けて欲しいものです。果てしない無に包まれていても。
こんばんは。最近Beckのリリースペースがいいのでとてもうれしいです。hamさんのレヴューはなるほど、とまどいが感じられました。
私はこのアルバム音としては割とすぐにTune inできた感じです。ジャケ他アートワークは確かに謎系ですけど、音は好きでした。ただ、どんなジャンルなのかと言われたら全く答えられない感じです。今までも割とそんな感じでしたけど、今回はそれがもっと推し進められた感じがします。しかし、懐かしさ?みたいな要素はサウンドのそこかしこにあるような気がします。そしてハイファイでもなく、ローファイでもないどっちも含まれた不思議なサウンド。
自分の場合、Beckのアルバムはピンと来ない時もあるけど、それでもだいぶ後になって自分のどこかのタイミングでピタッとはまるときが必ずあります。「あー、そういうことだったかー」みたいな感じで納得することが多々あります。現時点で唯一そんな感じが来なかったアルバムは『Morning Phase』です。なぜだろー。
アートワークは今回LPを購入してまじまじと見ていますが、細かいダメージ加工がしてあって、そのあたりをおもしろいなあと思いながら特にまじまじと見てしまいます。
私も続きまして、今晩は☆
ジャケットのカタカナと昭和な広告については、”80年代、日本は超イケてる国だった説”かなと思いました。
例えば、SF小説の古典・金字塔で、サイバーパンクとか、電脳空間を描いたと言われている『ニューロマンサー』(1984年作)では、千葉が舞台になったり、日本語が沢山出て来て、日本がハイパーな感じで描かれていますよね。高度成長時代を経た日本がイケイケ、アゲアゲとなり、バブル期を迎えた1980年代では、海外から見て、突然突出して来た日本は格好良かったんじゃないですかね。それを当時、特に意識していたのはアメリカで、1980年代、ティーンネージャーだったベックにとっては、今でもフューチャリスティックな国=日本が刻み込まれているのでは?なんて思います。
昭和な女の子のCMは流石に引きますが。。
と思った後、アルバムジャケットは、アタリ社製のビデオゲームやアーケードゲームにインスピレーションを得たと言われていると書いた記事は見つけました。
他の音楽評等は全然読んでいないですが(ライナーノーツ含め。これからアルバム買います、スミマセン)、ありきたりな話だったら、すみません。
曲については、私はまだまだ充分聴いていないけれど、Dark Places、超好きだし、今も他の曲を聴いていると、早速ベックの世界の果てしない深みに落ちて行く自分がいます・笑
> manさん
manさんこんばんわ! コメントありがとうございます!
外国のファンの反応とか見ても、みんな反応がまちまちという印象です。
「Colors」ほど拒絶してる人は多くない感じですが、好きな曲がいつもよりばらけていて面白いです。
確かにどんな感じのアルバムか、簡単に言えないアルバムですね。まだ正体がつかめないし、そもそも正体があるのかもわからないです。でもmanさんが言った通り、突然ぴったりくる時もあるので(私は曲単位でくる)、これからも決めつけずに聴き込む所存です。
アートワーク、写真は好きです。写真は!
> AquaOrchidさん
こんばんわー
ジャケット(というかカタカナ)については悪口しか出てこないので多くは語りませんが、なんであれカタカナを使うのは安易だしダサいです。
写真は好きです!アメ車じゃなくてセリカにしたのも、デザイン的にもサイズ的にもBeckに合っていて良いと思います。
「Hyparspace」というタイトルがAtariのAsteroidsというゲームからきたという話ですよー。
http://hambeck.me/blog/2019/04/17/14911/
ジャケのカタカナ確かに違和感ありまくりです。それは間違いないですね。
そこは外国の方なので日本人とは感覚が違うのでしょうね。
ただ、このワールドワイドリリースのアルバムのジャケにデカデカとカタカナを使うという意味はあったんでしょうね。それがなんなのかは分かりませんが、単純に日本びいきという感じで受け止めるしかないんでしょうかね。まあそういう意味では嬉しくはあるのですが。
日本盤の宣伝チラシみたいですよね。
あと、変なコピーが乗っかっていたりして。
あと、2、3感想を読んだりして思ったのは、
このアルバムは男(若干老成したwつまりおじさん)には結構響くサウンドなのかもしれないな〜とか思ったりしました。なんというか、男独特のセンチメンタリズムというか、ノスタルジーというか、そういう部分が随所に散りばめられている気がしました(笑)。
> manさん
ハイパースペースで逃げ込みたい「非日常のノスタルジックで不思議な何か」の象徴としてジャパンを選んだのかもしれないですね。日本人にとっては分からない感覚なので、私は逆に蚊帳の外に置かれた感じで気にくわないです。
「男独特のセンチメンタリズム」ってのはなんとなくわかります。それってやっぱ80年代風なんでしょうかねー
こんばんは。私も結局の所言いたかったのは、ハムさんが言う「非日常のノスタルジックで不思議な何か」として、80年代のジャパンを選んだって事ですね。私は日本人ですが、その感覚はかなり分かる気がします。
カタカナには最初、自分もたじろぎ・どよめきましたが、ハイパースペースについては、インパクト持たせて賛否両論、ざわつかせるのがBeck達の目論見でしょうし、その手に乗ってたまるかと、今ではなんとも思わないですね・笑 安易にカタカナにするだけでこんなにざわつくのだから、超効率のいいやり方だと思います。でも、ハイセンスなハムさんですから、憤るのもお察しいたします。
私がBeckを知ってファンになったのは1997年頃でした。Odelayは本当格好いいと思ったし、その後も自分の琴線にぐっと来る曲ばかりでした。でも忙しくてBeckを忘れていた時期もあり、Huge Fanと名乗る資格はないですが、Beckがこんなに成功を続ける事や、自分にとってこれ程大きな存在になる事は想像もつかなかったです。まして、ネットでハムさんと巡り合う?!とはです。
Vinyl meで紫盤を予約して、まだ届かない…
だからあえて聴いてない…。各種媒体で聴けるのに。
ゲイトフォールドジャケットはどんな感じですか?紫盤はゲイトフォールドじゃないらしいので、気になります。
> AquaOrchidさん
キャピトルの人になってからアートワークの方針が変わってしまったように感じます。まぁ思い込みですが。(てかもうアートワークの話はおしまい〜)
Hyperspaceを聴き込んでからまた感想ください〜
> 禄郎さん
Vinyl meってもう発送はされてるんですか? Webサイトから消えたのでどうなったのかと。
中身はこんな感じです(知らん人のインスタですが)。
https://www.instagram.com/p/B50GIgcp1NA/
発送連絡もまだ来ません…
あ、カッコいい中身ですねえ。
で、Vinyl meにメールしたら、なんと3分後に返事が!
たぶんコピペだろうけど、ものすっごい丁寧な言い訳メールでした。
「いやあ、スタッフみんな残業してさあ、がんばっているんだよ。ブラックフライデイってあったじゃん?それでオーダーが何割も増えちゃってね。いま…そうだなあ、70%くらいはその過剰オーダー分を発送したよ。まあ大丈夫、なんとか発送するからもう少し待ってね」
みたいな、長文コピペ?メールでしたよ。
うーん、ゲイトフォールドジャケットが予想通りカッコいいから、そっちも欲しくなってきた…。
> 禄郎さん
そうですかー
どホリデーに突入する前に発送されればいいですね…