ディスクガイド的なことは一切書いておらず、私の聴き方による私個人の感想です。
無論、長いよ!
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…若い時は過ぎ、恥ずかしげもなく尖っていた自尊心も今やしおれ、恋愛とかそういうことよりも、将来的な不安や社会の理不尽に小さくため息をつく…私もそんな年代になってまいりました。それなりにこなしていながらも、どうしてかいつも癒されたがっている…そんな中年のかさついた心に、ぐんぐんと沁み込んでくれたこの「Morning Phase」。1曲目から「あぁ いい曲だなぁ〜!」と素直に泣き笑いできる、まっすぐで優しい、Beck 史上この上なく美しいアルバムでございます。
基本的に Beck のアルバムならどんな路線でも大歓迎だけど、内省的なアコースティックはやはり特別。とくにある意味復活をとげた去年の胸熱ツアーのあとなので、感慨深いものになるのは間違いないと思っていたし、実際想像以上に美しく、情景的で、その声は真に迫るものがあった。身体的な不自由と一緒に、自分に課していた制約からも解放されたような素直な音。闇はやはりあるのだけど、今までのような息苦しくなるような闇ではなく、浄化されて深度が増したようなキレイな闇が広がっている。なんと美しい。ほんとに Beck は期待を裏切らないなぁ! すごい満足!
今回は特に音色が美しい。多重なのに透明感のある構成はもちろんのこと、ストリングスやコーラスの美しさたるや…。響きと広がりがとても洗練されていて、聴いていて軽くトリップできる。録音の質も全体的にすごくキレイだし、どこをとっても上質な印象。インタビューで、音響的な実験に長期間費やしたと言ってたとおり、近年の Beck の録音は以前よりキレイ度がぐんとアップしてるけど、今回はその集大成なのではないかしら。汚れた音などひとつもない!
構成も、不必要な音は一音もないんじゃないかと思うくらい、すごく綿密に考えて配置してる感じ(ま、それが Beck なんだけど)。でも演奏自体はオーガニックなんだよね。ラフな音が結構入ってるし、ピアノの何気ない味付けとか、弦のアレンジとか、演奏中に自然と浮かんだフレーズをそのまま入れてるみたいなグルーブ感(決して汗臭くはない)が随所にある。アコースティックなので、そりゃ当たり前かもしれないけど、それらの音がいちいちセンスよく、適当な音も見当たらないのだ。奏者も、それを選択した Beck もいちいちすごい。こういう音を入れたくて馴染みの男衆を集めたんだろうな。バンドには自由にやってもらうというスタンスはこのメンバーだからこそ生きてくるんだなと思った。インタビューでかいま見れる「久しぶりにつるんだ俺たちだけど、余計な言葉はいらないのサ」的な信頼感もうなずけるし、そういう中年の友情なんかにもついでに感動させられる。
また、近年の Beck の録音の特徴にもなっている引き締まったドラムがまた気持ちいい音を聴かせてくれてる。無駄のないシンプルなドラムはとても好きです。ゆっくりとしたリズムの心地よさったら。低音の使い方も攻め気味でクール。
(ベタ褒めは続きます)
そして何より Beck のボーカルがすごくいい! 「Sea Change」では重厚なバックトラックに、ヴォーカルが若干追いついてない感じもあったけど(むしろそれは SC にはぴったりな感傷感なんだけど)、今回はヴォーカルがバックトラックに堂々とのっかっていて、じっくりしっとり聴かせる聴かせる。力強かったり、重ねて響かせたり、息づかいそのまま(といっても選び抜かれた息づかい)だったりと、曲に合わせて質の違うヴォーカルになっていて、歌うことに対する気合いとこだわりが伺える。インタビューでもボーカル録りには時間をかけたと言ってたけど、納得いくまで何度も何度も録り直したんだろうな…。そんな Beck の音楽に対する真摯な姿勢にもなんだか泣けてくる私です。腹から歌えるようになってよかったね!
歌詞は相変わらず悲しみが根底にあるのだが、「Sea Change」のような『僕はどん底に落とされたました』ではなく、『どん底で暮らしてますが、それでも僕は生きています』といった達観の先にあるポジティブさを感じることができる。まあ、印象だけど。もちろんお涙ちょうだい的なやぼったさも、そこから抜け出そうという鼻息もここにはない。ただ普通に、日常と化してる癒されることのない悲しみと先天的の孤独。人生の岐路後の人生。たくさんの比喩と抽象の中に、むき出しの本音のような一節がしれっと入っていたりして、ところどころでドキッとする。
音は豊かで光に包まれているが、ぜんぜん眩しくはない。ただぼんやりと雄大な景色(主に海)を見せてくれているだけ。それが何とも美しく、何とも優しい。中年だもの、無理に元気を出さなくてもいいじゃない。悲しみは悲しみのまま、それでも夜は明けるのだ。
(無駄に1曲ずつ感想を書きなぐります)
Cycle
情景的なアルバムを予感させるイントロ。夜明け前の青みがかった風景が見えるよ。
Morning
なけなしにいい曲。ライブでやった時から大好きだった。イントロで涙ぐみ、サビで落涙。私はこのアルバムは「Sea Change」と内省的ってこと以外に共通点は感じないんだけど(十分か)、“The Golden Age” と “Morning” だけは対をなすかなと思う。意図的かどうかしらないけど構成的にも似てるしね。月の夜を走り抜け、ゆっくりと朝が始まる予感。コーラスのなんと美しいこと。なんと美しいこと…!
Heart Is A Drum
なんて胸熱な疾走感…! 途中から生まれるドラムのリズムが気持ちいい。そしてラフなピアノも素晴らしい。ロジャーマニングは素晴らしい奏者だなぁ!
こんな感じの、光を帯びた音がいくつも通り過ぎていくような奥行きのあるバックトラックはお得意だよね。Beat beat beat, it’s beating me down〜
Say Goodbye
シンプルなドラムと乾いた弦の中に Beck のヴォーカルが冴えるかっこいい曲。いい声してるなぁ! うぁーーーがいいよね、うぁーーー。妙に響かせたバンジョーもポイント。シンプルでかっこいい。大人っぽくてしびれるわ。
Blue Moon
なけなしにいい曲2。力強い Beck のヴォーカルはほんと気持ちよく、そして切ない。
「僕を小さくカットして、そしたら中におさまるから」だなんて…! 終盤のチョッチョコ チョッチョコはすごい発明。このラスト1分はほんと最高の展開です。
Unforgiven
なんという構成美。円が広がっていくようなビョーンとした低音(あれなんの音?)、ストリングス、ヴォーカル、そしてこの引き締まったドラムはジェームス・ギャドソンか! そして最後らへんのハープと、シンバルのツッってとこ最高。でっかいスピーカーで聴きたいね。
Wave
この上なく壮大。圧倒的に孤独。下には重厚で緩やかなストリングスの波、上から降りそそぐヴォーカル(前奏から想定する以上にヴォーカルの音がでかくていつもオォって思う)。印象深すぎる。終盤のヴォーカルと弦がユニゾンするところが美しいったらありゃしない。この曲は Beck 史に残るインパクトだね。
Don’t Let It Go
なんて生々しい歌声。緊張感に引き込まれる。ピアノがピロリンっていってからドラムのリズムが始まるのすごいかっこいい。これと、“Say Goodbye” と “Country Down” の歌い方は、ライブで聴くそれと似た感じだなと思った。ちょっと声が裏返ったりするのをそのまま使ってるし。こんな臨場感のあるヴォーカルは今までなかったかも。すてき!
Blackbird Chain
優しい歌い方。バンドとストリングスの音数たっぷりな演奏は聴かせるねー。構成はとてもキャッチーでスイッチも小気味よい。JMJ のベースがとてもメロディアスで聴き入ってしまう。ネバネバしてたりチェインチェイン言ってるくせに歌詞がものすごく難解。
Phase
見えたよね、朝日。パーン
Turn Away
シンプルにつま弾かれるアコギと Beck の声が優しく儚い。荷馬車にのって故郷に帰りたくなるような、どこかフォルクローレ的なメロディー。くっ、泣ける。
Country Down
こんなしっかり作ったストレートなカントリーソングは初めてなんじゃなかろうか。でもまったくおっさん臭くないのは流石。やるせない歌詞だなぁ。絶妙なタイミングで吹き鳴らされるハーモニカがもう…!(涙) いい曲だ…。
Waking Light
なけなしにいい曲3。先行して聴いた時は、ちょっと壮大すぎなんじゃ?と思ったけど、アルバムの最後に聴くとまったくそんなことはなく、「Morning Phase」という映画のエンドロールに相応しい光溢れる曲です。最後の思いがけなく入ってくるギターがすごい。考えた人すごい!(Beckか)。ギュンって終わったあとの静けさたるや…。エンドロールが終わってもすぐに席を立つ気になれないほど、感無量感でいっぱいだよオレ!
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以上、無駄に長くてすみません。
…絶賛しすぎか!? いや、でも、大げさにならないよう冷静に書いたつもり。すごい満足してますもん、大絶賛ですよ私は!
Beck の場合、毛色が違うので他のアルバムと比較できるもんじゃないけど、このアルバムでまた一段レベルが上がった気がするのです。たぶんもう、昔のようなゆるくてかわいい曲は作らないんだろうけど、私も同じく歳をとっていくので、音楽的にも音質的にも、いい感じに私のニーズに沿ったものを作ってくれるはずだと謎に確信したり。
Beckはほんとにすごい。