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Hyperspaceの感想

私の聴き方による感想です。アルバム制作の背景などの解説や、他者との比較とかはないので、なんの参考にもなりません。あしからず。

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“Saw Lightning” がリリースされた時、ひょっとして「Hyperspace」は、デジタルなサウンドにトラディショナルな音をぶっこんだちょっとヘンテコでハイエネルギーな、そう、“Defriended” 3部作の続編のようなアルバムになるのでは!? と大いに期待した私。「Colors」も「Morning Phase」も(言ってみれば「Modern Guilt」も)そういう路線ではなかったので、そういう路線好きな私としては、待ちに待ったアルバムになるはずだった。ところがどっこい、満を持してリリースされたニューアルバムは、どちらかといえばダウナーで「Colors」の延長線上にあるポップ路線のアルバムでございました。まぁ、単なる私の見当違いだったんだけど、そこから立ち直るのに少し時間がかかってしまった。(ジャケットのカタカナも昭和な広告も理解不能だしさ)

もちろん「Hyperspace」は良いアルバムだと思う。シンセの美しい響きと Beck の味のある声が合わさった、哀愁漂う夜のアルバム。ファレルが『Highway music』と言っていたとおり、夜のドライブで聴きたいアルバムだ(午前2時の首都高とかきっと最高)。こういうムーディーなアルバムは初めてだよね。「Morning Phase」的な清々しい哀愁と、「Colors」的な胸キュンキュンに、夜の清い闇を加えたようなセンチメンタリズム。浮遊感はあれどボーカルが感情的なので、ドリーミーでありながら「Morning Phase」ほど達観しきれていない生々しい傷心に溢れている。

音の扱い方もちがう。Beck が『ミニマリストのファレルに対し、僕はマキシマリストぎみだから、もっとシンプルになるようがんばった』と言っていたとおり、従来のように音を盛りまくって奥行きをだすのではなく、音数を抑え、シンセサイザー特有のノスタルジックな音色と響きで世界観を作っている。エレクトロニカではあるが、しっかりした低音と Beck の渋い声が入ることで、今時の音楽とは一線を画した、独特な雰囲気に仕上がっている。

「歌モノ」と言って良いかもしれない。Beck は「Morning Phase」からボーカルにより感情を含ませ、際立たせるようになったけど、小手調べだった「Colors」を経て、よりエモーショナルでボーカル芸のある歌い方にトライしてみたって感じ。ファレルからの『あんたはシンガーソングライター・アルバムを作るべきだ』という提案に準じた方向性だと思うけど、その声に素直に泣ける曲、楽しくなる曲もあるが、ちょっとやりすぎじゃね?という曲もある。それがちょっと気になるんだなー。Beck の場合、エモな歌い方をするより、素朴に歌った方が聴く人の心に届くと思うんだー私は。もちろん曲のテイストによって歌い分けしているわけだし、納得してはいるんだけど、まあ、好みの問題だな。道は外れてもやっぱり Beck はフォークシンガーなんだよね私の中で。

…と、あれやこれや考えながらも、私はまだこのアルバムの魅力をいまいち消化できてなかったりする。何度聴いても実態が掴めないというか、没頭できないというか…。好きな曲はあるし、好きなポイントも数多いし、シャッフルで流れてくると「超いい曲じゃん?」と思うけど、うーん、もうちょっとハマりたかったなぁ…(1カ月後には違うこと言ってるかもだけど)。まあ14枚もあればそういうアルバムがあってもおかしくはないけどさっ。後半が落ち着いてて好きです。

歌詞は相変わらず(ほんとに相変わらず)孤独と癒されない悲しみに満ちている。ハイパースペースボタンを押すに押せない、どうしようもない痛みを抱えた『君と僕』の物語。Beck 曰く『どこかへ逃げたい人の心理状態』がテーマとのこと。「Colors」では自由になりたくて、「Hyperspase」では逃げたくて、救われたくて、でもどこかですでに諦めてる。…暗い! 暗いよ Beck! でも美しいんだなぁ。最後の曲 “Everlasting Nothing” で歌の中の人は、果てしなく続く無の中で打ちのめされながら、それでも走り続ける。ボルケーノの淵から帰還しても、自由になっても、ハイパースペースで逃げても、その先にはやっぱり無が続いているんだろうな Beck は。

 
『シンセ+ファレル』という旬とは言えないサウンドをなぜ今出すのか?という疑問はあるだろう。でも考えてみれば Beck はいつだってタイムレスなのだ。Beck は基本的にすでに有るモノを独自の魔術で作り変えて自分の作品にする人だし、作った曲を何年も寝かせたりもするので、リリースされたものが旬とずれていたりもする。でもそんなことは Beck には関係ないんだと思う。Beck は新幹線の発車のベルがなろうが、ドアが閉まり始めようが、歩みを速めたりはしないのだ(これはマジだ)。乗り遅れて困るとか、ドアに挟まって痛い目にあうとか、そんなことは念頭にないし恐れもしない。彼は人とは違ったタイム感の中で生きている。私は2004年に Beck を好きになったのだが、10年前の「Mellow Gold」も2年前の「Sea Change」も、時の金字塔「Odelay」も、どれも同じくらい新鮮に感じた。もし「Hyperspace」がその時代にあったら、たぶん他と同様に新鮮に感じただろう。『時代性』とか『ファレルの賞味期限』とかいう音楽そのもの以外の呪いから解き放たれた時、純粋なただの音楽として人の心に届くのだと思う。すでに心に届いている人には、別の角度から届くのだ。

 
(そしてまた1曲ずつ書きなぐります)
 

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@edgarwright

Colorsのビデオが公開

“Colors” のビデオが公開されました。現在 Apple Music でのみ見ることができます。Youtube で30秒だけ見ることができるので、入ってない方はこれを見てしのぎましょう。いつか一般にも公開されることを信じ…。

 
監督は言わずもがな「Scott Pilgrim vs. the World」「Baby Driver」などの監督で、Beck とも仲良しの Edgar Wright(エドガー・ライト)。振り付けは Ryan Heffington(ライアン・ハフィントン)。Sia のビデオで有名な振付師ですね。制作は Anonymous Content。また、The Mill というところがグラフィックスを担当したらしく、プロジェクトの裏話をこちらに書いています。
 
この素敵な女性は、アメリカの女優 Alison Brie(アリソン・ブリー)。アリソンさんの吹っ切れてる感じがいいね。

 
全体的に Beck ががんばってる感満載のビデオですが、この床の上で踊るシーンは表情に余裕がなくてじわじわくる。

 
このお遊戯感たるや。振付師が保護者顔で見守っているに違いない。

 
Beck の貴重なオフィシャル変顔。Beck もアリソンさんも顔芸吹っ切れてる。

 
個人的に Beck の髪型が不満だわー。いつもどおりがよかった。ふわふわしてると映像処理がしずらいのかな。ハット被って踊ってるカットがちょろっとありますが、そこもっと見たかったぞ。

 
Edgar Wright らしいのか正直よくわからないけど、インパクトあるビデオであることは確かです。

 
ちなみにこの Gif は GIPHY の公式チャンネルより。もっといっぱいあります。
 icon-arrow-right https://giphy.com/beck

一番上の写真は EdgarのTwitter より。いい写真。

Colorsの感想

私の聴き方による感想です。アルバム制作の背景などの解説や、他者との比較とかはないので、なんの参考にもなりません。あしからず。

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 「Colors」がこんなに気に入るとは思わなかった。いわゆるポップスという音楽は好みではなかったし、ましてはその上位に君臨している Greg Kurstin がらみのアルバムなんて、私とはほとんど関係ない世界にある音楽だと思っていた。実際 “Dreams” は(実は)それほど好きではなかったし、“Up All Night” をサントラで初めて聴いた時(2016年9月・この後ブラッシュアップさせてる)も「こ、これを Beck がやるのか…?」と愕然とした。“Wow” は Beck 新味って感じでそれなりに楽しんだけど、“No Distraction” をリークで聴いたときはそのダサさに軽い鬱になったくらいだ。そんなわけでこの「ポップBeck」のターン中は、ひとり暗い塹壕に閉じこもって嵐が過ぎ去るのをじっと待つ覚悟でいたのだ。だが正式なシングルである “Dear Life” を初めて聴いた時、ちょっと待て、私はまた要らぬ心配をしていたのでは?と気づいた。すごくよかったし感動したのだ。Beck は自由になったんだと思った。そしてようやく Beck がこのアルバムでしたかったことがなんとなく分かった気がした。Beck ごめん、私はあなたが Beck だということを少し忘れていた。予想を裏切り、期待を裏切らない男、Beck Hansen。「Colors」、なにコレ、最高じゃないか!

“Dreams” から2年もたってからのアルバムリリースになっちゃったけど、そのおかげでポップな Beck を受け入れる覚悟は出来ていたので、それはそれでよかったのかもしれない。もし何の前情報もなしにこのアルバムを聴いていたら、混乱と動揺で2〜3日は眠れなかっただろう。それでも初めて「Colors」を通して聴いたときは、驚きとそれにともなう半笑いで口が開きっぱなしだった。音が何もかも新鮮だった(音楽界にとっての新鮮な音ではなく、Beck が今まで出したことがないという意味での新鮮さね)。軽快なメロディーや、縦ノリなギターサウンド、ベタなフレーズなど、今まで Beck が避けていた展開や音が盛りだくさん! スタイルをコロコロ変えてきた Beck ではあるけれど、ここまで自分の持ち味を放り投げたのは初めてだよね。その持ち味が大好きな私としては裏切られた感も無きにしも非ずだけど、その執着のなさと勇気には脱帽したし、何よりここまで振り切った潔さに感動すらした。しかもきっちりと上モノに仕上げてくるんだからすごい。最初こそ Beck っぽくないと思ったが、今や完全に Beck のサウンドにしか聴こえない不思議!

作りがものすごく丁寧だと思った。「Morning Phase」もそれはそれは丁寧に作られていたけど、「Colors」はそのノリとは裏腹に、すごく慎重に真剣に作った真面目なアルバムだと思う。本人も「全力で作った」と言っていたけど本当に渾身の1枚だと思った。聴きやすいけど、あざとくなりすぎず、取っ付きやすいけど、安っぽくなりすぎず、すべてが狙い通りに綿密に考えられている感じがする。毎朝起きると日替わりで曲が脳内再生されるほど、ほどよく中毒性のあるメロディーが各曲に備わっているし(そりゃライブ映えするわ)、あざといまでの型通りの展開は、むしろ「そうこなくっちゃ!」と素直に楽しむことができる(それがポップスか!)。それに Beck らしい洗練された音の重なりによる奥行き感、気持ちのよいスイッチ、挿し色的な1回使い切りの音などが加わり、単なるオーソドックスではないデザインされた何かにみせている。Beck はライターというよりはデザイナーよりなミュージシャンだなーと改めて思った。要素を客観的/俯瞰的に見て足し算引き算してる感じ。超細かくてしつこいしね。
聴いてて元気になるアルバムだが、浮かれポンチなアホ・ポップでは決してなく、あくまでエレガントで尻が座っているのも私が受け入れられた要因かもしれない。うすっぺらな多幸感は決してない。無駄な音も、冗長もない。洗練されたナードが真心込めて作ったポップサウンドなのだ。

歌詞がまたびっくらこいた。インタビューで「Greg に暗くなりすぎないようにテコ入れしてもらった」的なこと言っていたけど、Beck ひとりだったら絶対に出てこないであろう直接的なフレーズがちらほらあって面白い。I want you なんか4回も繰り返しちゃってマジかよ! 今までは孤独で独白的だった内容も、今回は相手がいて何か伝えたいような、’生きてる’ 感がある(ような気がする)。でも基本的には Beck は Beck で、達観されたやり切れなさみたいなものも健在してはいるが(安心要素)。
そして ‘Free’ という言葉がキーになっているのも私にとって感慨深い。’自由’ は、中年になった近年の自分にとっても意味深いキーワードなのだ。環境からの自由と自分からの自由。いかに自由になるかは自分の考え方ひとつだったりするのだけれど、時にそれは難しく、ジレンマに悩まされることもしばし。なので同じ中年であり我らの大将である Beck が I’m so free と高らかに歌ってくれたりすると単純に嬉しいし、なんか「うん、そうだよね」と思うのだ。自由、大事だよね!

たぶん今までだってやろうと思えばできたと思うけど、これは Beck がやっちゃいけない類のアルバムだった。無論「これを Beck がする必要あるのか」という批判もある。好みも分かれるだろう。旬な音ではないかもしれないし、世界が Beck に期待してるのはコレではなかったかもしれない。でも Beck は自由になったのだ。誰かが勝手に決めた「Beck がすべき音楽」なんて今の Beck には関係ない。Me からも You からも自由になって、ただピュアな気持ちで、自分がやってみたかったサウンドにトライしたのだ。
フェスティバルで体感したオーディエンスの熱気を再現したかったと言っていた Beck。人生色々あるし、小難しい問題も多々あるけど、そういう「音楽たのしーイエーイ!」みたいなシンプルな人間になる時間は大切だよねというメッセージにも聴こえる。そう、これはあれこれ考えなきゃいけないアルバムじゃない。めんどくさい問題やめんどくさい自分はとりあえず置いといて、今夜はもう踊っちゃいなよっていうアルバムなんだ。心を解放して、自由になってさ。

 
(そしてまた1曲ずつ感想を書きなぐります)

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「Beck Song Reader」の国内盤がリリース

Beck Song Reader」の国内盤が昨日リリースされました。
国内盤には、マルセル・ザマ(Marcel Dzama)のポスター(裏は “Heaven’s Ladder”のアートワーク)、Beck による序文の翻訳、粉川しの氏の解説、歌詞の対訳 がついてきます。
序文の翻訳はえらいね。楽譜「Song Reader」は、日本のメディアはほぼスルーだったので、ようやく真のコンセプトが日本語化されたことになります。やはりちょっと難解だけど、楽譜発売前にうちに掲載した翻訳と合わせて読んでいただけると、真意が見えてくるかもしれません。(ちなみにうちのは私が翻訳したのではなく、プロに頼んだものなのでそれなりに信用できます)


さて、その「Beck Song Reader」の私の感想を少し。

どんな方向性にするか、色んな可能性があった企画だと思うけど、コンピレーション・アルバムのご多分にもれず、各ミュージシャンの味をそのままずらりと並べた多種多様な内容になっている。『解釈次第で色んな可能性がある』という「Song Reader」の遊び心が体現されていて面白いなーと思う反面、なんというか、プロフェッショナルな方々がしれっと無難にこなしてる感があり、個性的ではあるのだけれど、なんだかあっさりしている気がしてならない。
ファンによるの演奏は、企画に対するリスペクトや楽しんでる様などが感じとれて、へたくそでも聴いていて楽しかったんだけど、このコンピにはそういった曲への思い入れみたいなものが希薄で、曲を愛する者としてはちょっと寂しく…。単純に苦手な奏者も何人かいたりして、まあ、つまり私の耳はコンピレーションは向いていないんだな…(知ってたけど)。

単純で素直な曲ばかりなわけだし、私的には全体的にもっとシンプルな方がよかったなーと思う。メロディー重視で、それこそキャンプファイヤーで歌ってるような飾り気のない感じでさっ。私はファンが演奏した曲でも、プライベート感のある素朴な演奏が好みだったので、プロフェッショナルな方々によるそういった演奏を聴いてみたいなーという勝手な期待もあったりして。Record Club のセッションのように、Beck の身内だけで作ればまた違ったことができたのではという妄想にかられるけど、いっぱい大人が絡んでいるし、そういうわけにもいかないわな。

一番よかったのはやっぱり Beck の “Heaven’s Ladder”。Beck のファンなので。
Beck にしては普通のアレンジ+録音だと思うけど、普通によい。Beck のコンピ提供曲はいつだって安心・安全!
Jack White のは期待してたけど、Jack と女性がデュエットするのはなぜかちょっと苦手なので残念。
Laura Marling は “Sorry” のような軽快な曲じゃないほうがよかった気がする。
などなどなど。

…辛口を炸裂してしまいましたが、そんな時もあります。
世間の評判は悪くはないので(ハム調べ)、きっと私がひねくれているのでしょう。
ごめんあそばせ。

Morning Phaseの感想

ディスクガイド的なことは一切書いておらず、私の聴き方による私個人の感想です。
無論、長いよ!

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…若い時は過ぎ、恥ずかしげもなく尖っていた自尊心も今やしおれ、恋愛とかそういうことよりも、将来的な不安や社会の理不尽に小さくため息をつく…私もそんな年代になってまいりました。それなりにこなしていながらも、どうしてかいつも癒されたがっている…そんな中年のかさついた心に、ぐんぐんと沁み込んでくれたこの「Morning Phase」。1曲目から「あぁ いい曲だなぁ〜!」と素直に泣き笑いできる、まっすぐで優しい、Beck 史上この上なく美しいアルバムでございます。

基本的に Beck のアルバムならどんな路線でも大歓迎だけど、内省的なアコースティックはやはり特別。とくにある意味復活をとげた去年の胸熱ツアーのあとなので、感慨深いものになるのは間違いないと思っていたし、実際想像以上に美しく、情景的で、その声は真に迫るものがあった。身体的な不自由と一緒に、自分に課していた制約からも解放されたような素直な音。闇はやはりあるのだけど、今までのような息苦しくなるような闇ではなく、浄化されて深度が増したようなキレイな闇が広がっている。なんと美しい。ほんとに Beck は期待を裏切らないなぁ! すごい満足!

今回は特に音色が美しい。多重なのに透明感のある構成はもちろんのこと、ストリングスやコーラスの美しさたるや…。響きと広がりがとても洗練されていて、聴いていて軽くトリップできる。録音の質も全体的にすごくキレイだし、どこをとっても上質な印象。インタビューで、音響的な実験に長期間費やしたと言ってたとおり、近年の Beck の録音は以前よりキレイ度がぐんとアップしてるけど、今回はその集大成なのではないかしら。汚れた音などひとつもない!

構成も、不必要な音は一音もないんじゃないかと思うくらい、すごく綿密に考えて配置してる感じ(ま、それが Beck なんだけど)。でも演奏自体はオーガニックなんだよね。ラフな音が結構入ってるし、ピアノの何気ない味付けとか、弦のアレンジとか、演奏中に自然と浮かんだフレーズをそのまま入れてるみたいなグルーブ感(決して汗臭くはない)が随所にある。アコースティックなので、そりゃ当たり前かもしれないけど、それらの音がいちいちセンスよく、適当な音も見当たらないのだ。奏者も、それを選択した Beck もいちいちすごい。こういう音を入れたくて馴染みの男衆を集めたんだろうな。バンドには自由にやってもらうというスタンスはこのメンバーだからこそ生きてくるんだなと思った。インタビューでかいま見れる「久しぶりにつるんだ俺たちだけど、余計な言葉はいらないのサ」的な信頼感もうなずけるし、そういう中年の友情なんかにもついでに感動させられる。

また、近年の Beck の録音の特徴にもなっている引き締まったドラムがまた気持ちいい音を聴かせてくれてる。無駄のないシンプルなドラムはとても好きです。ゆっくりとしたリズムの心地よさったら。低音の使い方も攻め気味でクール。

(ベタ褒めは続きます)

そして何より Beck のボーカルがすごくいい! 「Sea Change」では重厚なバックトラックに、ヴォーカルが若干追いついてない感じもあったけど(むしろそれは SC にはぴったりな感傷感なんだけど)、今回はヴォーカルがバックトラックに堂々とのっかっていて、じっくりしっとり聴かせる聴かせる。力強かったり、重ねて響かせたり、息づかいそのまま(といっても選び抜かれた息づかい)だったりと、曲に合わせて質の違うヴォーカルになっていて、歌うことに対する気合いとこだわりが伺える。インタビューでもボーカル録りには時間をかけたと言ってたけど、納得いくまで何度も何度も録り直したんだろうな…。そんな Beck の音楽に対する真摯な姿勢にもなんだか泣けてくる私です。腹から歌えるようになってよかったね!

歌詞は相変わらず悲しみが根底にあるのだが、「Sea Change」のような『僕はどん底に落とされたました』ではなく、『どん底で暮らしてますが、それでも僕は生きています』といった達観の先にあるポジティブさを感じることができる。まあ、印象だけど。もちろんお涙ちょうだい的なやぼったさも、そこから抜け出そうという鼻息もここにはない。ただ普通に、日常と化してる癒されることのない悲しみと先天的の孤独。人生の岐路後の人生。たくさんの比喩と抽象の中に、むき出しの本音のような一節がしれっと入っていたりして、ところどころでドキッとする。

音は豊かで光に包まれているが、ぜんぜん眩しくはない。ただぼんやりと雄大な景色(主に海)を見せてくれているだけ。それが何とも美しく、何とも優しい。中年だもの、無理に元気を出さなくてもいいじゃない。悲しみは悲しみのまま、それでも夜は明けるのだ。

(無駄に1曲ずつ感想を書きなぐります)

Cycle
情景的なアルバムを予感させるイントロ。夜明け前の青みがかった風景が見えるよ。

Morning
なけなしにいい曲。ライブでやった時から大好きだった。イントロで涙ぐみ、サビで落涙。私はこのアルバムは「Sea Change」と内省的ってこと以外に共通点は感じないんだけど(十分か)、“The Golden Age” と “Morning” だけは対をなすかなと思う。意図的かどうかしらないけど構成的にも似てるしね。月の夜を走り抜け、ゆっくりと朝が始まる予感。コーラスのなんと美しいこと。なんと美しいこと…!

Heart Is A Drum
なんて胸熱な疾走感…! 途中から生まれるドラムのリズムが気持ちいい。そしてラフなピアノも素晴らしい。ロジャーマニングは素晴らしい奏者だなぁ!
こんな感じの、光を帯びた音がいくつも通り過ぎていくような奥行きのあるバックトラックはお得意だよね。Beat beat beat, it’s beating me down〜

Say Goodbye
シンプルなドラムと乾いた弦の中に Beck のヴォーカルが冴えるかっこいい曲。いい声してるなぁ! うぁーーーがいいよね、うぁーーー。妙に響かせたバンジョーもポイント。シンプルでかっこいい。大人っぽくてしびれるわ。

Blue Moon
なけなしにいい曲2。力強い Beck のヴォーカルはほんと気持ちよく、そして切ない。
「僕を小さくカットして、そしたら中におさまるから」だなんて…! 終盤のチョッチョコ チョッチョコはすごい発明。このラスト1分はほんと最高の展開です。

Unforgiven
なんという構成美。円が広がっていくようなビョーンとした低音(あれなんの音?)、ストリングス、ヴォーカル、そしてこの引き締まったドラムはジェームス・ギャドソンか! そして最後らへんのハープと、シンバルのツッってとこ最高。でっかいスピーカーで聴きたいね。

Wave
この上なく壮大。圧倒的に孤独。下には重厚で緩やかなストリングスの波、上から降りそそぐヴォーカル(前奏から想定する以上にヴォーカルの音がでかくていつもオォって思う)。印象深すぎる。終盤のヴォーカルと弦がユニゾンするところが美しいったらありゃしない。この曲は Beck 史に残るインパクトだね。

Don’t Let It Go
なんて生々しい歌声。緊張感に引き込まれる。ピアノがピロリンっていってからドラムのリズムが始まるのすごいかっこいい。これと、“Say Goodbye” と “Country Down” の歌い方は、ライブで聴くそれと似た感じだなと思った。ちょっと声が裏返ったりするのをそのまま使ってるし。こんな臨場感のあるヴォーカルは今までなかったかも。すてき!

Blackbird Chain
優しい歌い方。バンドとストリングスの音数たっぷりな演奏は聴かせるねー。構成はとてもキャッチーでスイッチも小気味よい。JMJ のベースがとてもメロディアスで聴き入ってしまう。ネバネバしてたりチェインチェイン言ってるくせに歌詞がものすごく難解。

Phase
見えたよね、朝日。パーン

Turn Away
シンプルにつま弾かれるアコギと Beck の声が優しく儚い。荷馬車にのって故郷に帰りたくなるような、どこかフォルクローレ的なメロディー。くっ、泣ける。

Country Down
こんなしっかり作ったストレートなカントリーソングは初めてなんじゃなかろうか。でもまったくおっさん臭くないのは流石。やるせない歌詞だなぁ。絶妙なタイミングで吹き鳴らされるハーモニカがもう…!(涙)  いい曲だ…。

Waking Light
なけなしにいい曲3。先行して聴いた時は、ちょっと壮大すぎなんじゃ?と思ったけど、アルバムの最後に聴くとまったくそんなことはなく、「Morning Phase」という映画のエンドロールに相応しい光溢れる曲です。最後の思いがけなく入ってくるギターがすごい。考えた人すごい!(Beckか)。ギュンって終わったあとの静けさたるや…。エンドロールが終わってもすぐに席を立つ気になれないほど、感無量感でいっぱいだよオレ!

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以上、無駄に長くてすみません。
…絶賛しすぎか!? いや、でも、大げさにならないよう冷静に書いたつもり。すごい満足してますもん、大絶賛ですよ私は!
Beck の場合、毛色が違うので他のアルバムと比較できるもんじゃないけど、このアルバムでまた一段レベルが上がった気がするのです。たぶんもう、昔のようなゆるくてかわいい曲は作らないんだろうけど、私も同じく歳をとっていくので、音楽的にも音質的にも、いい感じに私のニーズに沿ったものを作ってくれるはずだと謎に確信したり。
Beckはほんとにすごい。